人間國寶 李梅樹

首頁 關於李畫伯 作品線上觀 清水祖師廟 相關聯報導
依年代分類 依出處分類 依作者分類
臺陽展合評座談會(一)
廿七日夜 臺北市公會堂で
臺灣新民報/(四)|1940年4月30日
▽會場 ―臺北市公會堂展覽會場

▽時日 ―四月二十七日午後六時―九時半

▽出席者 村上無羅、中村敬輝、郭雪湖、林玉山(以上東洋畫會員)、楊佐三郎、李石樵、李梅樹、陳澄波(以上西洋畫會員)、山田東洋(會友)、許海水、荒井淑子、黃奕濱、柿原弘信、劉文發、鄭安、芳野二夫、野田昌一郎、張平敦、黃建侯、田島正友、鄧騰駿、加藤順三、莊煒臣、陳在南、洪水塗、鄭世墦、甲斐文二、靑田瑞彬、酒瀬川敏勝、柯双景(以上一般出品作家) —總計卅氏—

 李梅樹 わが臺陽展は互に切磋琢磨した成果を発表する機關である。すでに六回展にまで漕ぎつけて今日の進展をみたことは臺灣美術界のためにいさゝかなりとも貢献したものと信ずる。臺陽展は政策的に府展に對抗するものではなく、秋に府展あつて、春に臺陽展があるといふ意味のそれである。府展と手をつなぐ主張であり、これが美術向上の道なりと信ずる。今年は東洋畫部を入れて同じ目的のもとに一緒に進むことになつた。日本畫の公募は同部の誕生と展覽會までの期間が短かかつたので今年はやれなかつた。來年からはやれるはずである。おひおひ彫刻の部をも入れて綜合的に美術の殿堂を築いてゆきたい。一般出品者には來年よりなるべく二、三點なり、四、五點出して貰ひたい。一點だけではその作家の力量を判斷する上に都合のわるい場合がある。

   —楊佐三郎氏會の歷史的經過を述べて會員の紹介と、應募作家の自己紹介をすます—

 村上無羅 長年フランスにゐて、この程歸朝した岡田さんの批評では、わが臺陽展は明るくて正しい道を步んでゐる。將來性のある會である。展覽期間が短いのは惜しい。洪水塗君の「林本源庭園」などフランスのサロンに入選する作品である。會員諸君の作風も邪道ではなくて健康的なゆき方をしてゐる。

   ―東京より田中清汾氏の「ハルカニセイコウヲイノリゴジンリヨクヲシヤス」との電文着いて楊氏一同に披露す―

 楊佐三郎 今年は東洋畫の公募がなかつたので洋畫の相互批評だけにしませう

▽植物園風景 許海水作
 許海水 昨年の臺展に刺戟されて繪をやり始めました。學校美術社に勤めてゐるのですが、今迄は小僧で、そろそろ中僧になりかけたので寸暇を得て寫生するやうになりました。一度スケツチに行つて小さいのを持つて歸つてから水彩に描いてみました、まだよくわからないのでよろしくお願ひします。
 李(梅) 手前の野原は無難だが、風景は空によく氣をつけることですね、
 村上 紫色の屋根の影は邪魔ですね

▽靜物 乃村好澄作
 楊 テクニークはうまい。水彩としては手堅い。
 李(梅) もつと質感に注意するといゝ。畫面の物體が皆ガラスにみえるのはどうかと思ふ。構圖と色彩はいゝ。

▽初夏風景 蕭如松作
 李(梅) 素朴で無難、影のあるところはうまい。
 楊 この作家には本格的勉強を望みます。
 村上 もつと立體感を出して欲しい。

▽山 今井健市作
 李(石) もつと若々しい仕事をして貰ひたい。自分の言はうとするものをはつきり持つて仕事にとりかゝつて貰ひたい
 村上 調子はいゝ。

▽山家 黃叔鄹作
 楊 面白みはあるが、もうすこし目標をはつきり摑んで欲しい。
 李(石) 去年より進步してゐる。

▽或風景 酒瀬川敏勝作
 李(梅) このやうに輕くあつかふのも水彩としてはいゝ去年よりはよくなつてゐる。

▽アマリリス 荒淑井子
 楊 荒井さんのは男のやうな仕事ぶりだが、いゝですね。水彩としていゝですね。
 李(梅) バツクがよく溶け込んでゐる。
 村上 色がもうすこし冴えて濁らないといゝ。
 李(石) 花、壺、葉は思ひきつた線で描いてゐるのに、バツクはへなへなしてゐるのはどんなものか。前が鐵でうしろがわた入れでは感じが不安である。
 村上 全體の摑み方はいゝ

▽靜物 方昭然作
 李(梅) へなへなでいやだといふ向きもあるが、去年よりはわるい。
 楊 いゝ加減なところがある。
 村上 バツクの支那椅子みたいなところは變だ。

▽黌庭秋近 黃奕濱作
 李(梅) 黃さんの繪としてはよくなつてゐる。色彩として具合のわるいところがある。健實な步みは好感が持てる。さういふ形式で追求していつていゝ。もつと線の強弱を吟味すべし。いゝ線が澤山すぎる。
 李(石) 畫画の上で慾ばり過ぎるですね。才筆家だが利き過ぎるから空地を殘さない癖がある。
 楊 畫面を塗り過ぎる。もうすこし餘白を殘すといゝ。
 李(石) 酒瀬川敏勝のやうな樂なところを參考にするといゝ。
 李(梅) 多年の努力に芽が吹き出して來たですね。
 村上 手堅いところがある

▽人物 柿原弘信作
 李(梅) もつと計畫して描いて貰ひたい。色の置方と構圖を準備してかゝるやうに、色彩はもつと考へなければならぬルオーで行つてもいゝが、ルオーにしても非常に美しい色があるのだから。

▽靜物 本間功子作
 楊 女らしい軟かい色彩はいゝが長年描かないせいも技巧がまづい。物を並べすぎる。同じ同やうに描きすぎる。
 李(石) さういふ女らしさはいゝと思ふ。わざと女らしくしたのではないからいゝ。

▽卓上靜物、濱風、茶房の一角、夕立前の濱、赤い壁、散策 楊佐三郎作
 李(石) 仕事が樂で無理がない。「茶房の一角」は喫茶店に對する楊君の感じが平易に扱つたきらひがある。甘くけむつたい感じ。
 楊 あのがらくたと並べたやつは全部ガラスの向ふにあるやつで全部影である
 村上 ガラスに見えぬね、
 李(梅) 喫茶店のいい意匠ですね。ガラスはもつと描いていゝ。
 村上 夢ですかね
 李(梅) 新しい傾向の出發點だね。「卓上靜物」に次いでいい作だ。次期を期待する。「濱風」は人物の 顏とセーターの關係はいい。バツクは多少弱い氣がする。兩側欄干の色彩の強弱がうまく變化が面白い。「散策」は野原と空がいい。
 村上 「散策」は人物の手の黑い線が氣にかかる。犬の輪廓はもつとどうにかならぬか。伸び伸びしてゐるのはいい
 李(梅) 殆ど一齊に伸び伸びしてゐる。

▽市營バス車庫 劉文發作
 李(梅) 銀灰色でまとめたのは面白いが、それに原色を置くについてはもつと工夫が要る。銀灰色の影は 黑では具合がわるい

▽屋外靜物 僕一年生 春―李石樵作
 李(梅) 李石樵君は吉村先生から日本における靜物の大家だと賞められたのを聞いたが「屋外靜物」は色彩といひ、強弱といひ色感の寒暖といひ感服する。
 村上 靜物中の傑作したものですね
 李(梅) 堅いものと柔いものをうまく置いて垢 拔けした作品である。赤い線も利いてゐて技巧からしても追隨をゆるさない作品である。「僕一年生」の人物は缺點がないが背後の綠つぼい色は畫品からしてどうか。
 李(石) あれは初め板塀をねらつて模樣風に扱つてみたが後で人物に移つてしまつた。
 楊 地べたが冷いね。畫面が寒い。もうすこし溫みが欲しい「風景」はどうかね
 李(石) 家は僕は描けないんでな。最初家を描いてゐたが、後になつてバツクにした。
 李(梅) 鈴木信太郎みたいだね
 村上 全體としていゝですね。

▽綠衣、風景 鄭安作
 李(梅) 顏か着物かのどつちかに重點をおいて、どちらかをもつと誇張して描くべきですね。「風景」は難點が見あたらない。今後の努力を願ひたい。

▽庭の習作 田中清汾作
 李(石) 仕事が樂にすぎて繪が安定してゐない。たゞ凸凹した感じで樹の塊を追求してゐない。色が新鮮なところはいゝが。
 村上 綠色はいゝね、
 李(梅) グリーンはいゝが、苦勞が足らなすぎる。
 李(石) 人を食つた感じだね。

▽こぼれ陽、花壇を見る 芳野二夫作
 李(梅) 「花壇をみる」の方がいゝ。セザンズムでもいいから、その勢でゆけ。
 村上 タツチが伸び伸びしてゐるのはいゝ。影のつけ具合で廣い感じが足らないのは惜しい。
 李(梅) タツチが同じやうな堅さで全體として平板に失する。サインをよく考へる必要がある。
 村上 傾向としてはいゝ。
 李(石) あゝいふタツチの中には字らしいものはよくない。字もタツチとして扱ふべきですね。
 楊 ゴツホのサインは實に苦心して丁寧に扱つてゐる。椅子の橫木とか、書物の題目の如くに描かれた書物の中にサインを入れてゐる。空にサインを入れるのはいけない。
 村上 東洋畫は空にやつて効果を出す方法もあるが、洋畫は目ざはりでないところがいゝ

▽顏(ガラス繪)、自畫像、逍遙、ビカルの像— 陳春德作
 李(梅) ガラス繪の出品は臺灣では珍しい。ハイライトから先に手を着けるやり方など變つた手法の仕事であるが、面白い繪である。
 村上 色もいゝし、顏のデフオメイシヨンもいゝ。
 李(梅) 「ビカルの像」は好きだね。
 村上 「逍遙」は、あれば氣狂ひではないかともいはれたがとにかく才筆で、いゝ素質だ。


⇒1940.5.1 臺陽展合評座談會(二)  ⇒1940.5.2 臺陽展合評座談會(三)

回前頁