人間國寶 李梅樹

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天晴れ李梅樹君
文展洋畫に初入選
臺灣新民報/(二)|1939年10月13日
【東京十二日發同盟】

 第三回文展洋畫發表は十一日夜上野府美術館で行はれたが臺北州海山郡三峽出身の李梅樹君(三八)の五十號「赤い服」が初入選した、尚搬入數は二千百六十五點、入選二百十五點、新入選六十七點で昨年の搬入數二千二百七十に對する入選二百に比すると可成緩選である。初入選の李梅樹は臺灣畫壇の中堅作家、上野美術學校を卒業在學中から舊臺展特選を前後三回續けて獲得した程の秀才で發表の日美術館正門先で友人に取圍まれ嬉しさうに語る。

  私は昭和九年美術學校を出てから母が病氣のため一旦歸臺し今年の夏上京しました。赤い服といふ題で約二週間かゝつて仕上げましたが構想を得るまでに人知れず苦心しました、八月頃ふと松坂屋に入り食堂でお茶を呑んだ時給仕の美しい女の肩にヒントを得て製作にかゝりましたが室内と室外の關係から窓外に見えるビルヂングとの調和に非常に苦心しました、入選するとは思つてゐなかつただけほんとうに嬉しいです

 尚同君から十一日夜入選した旨を親友楊佐三郎氏宛に入電があつた

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